2014年05月09日

会話について

会話か下手である。だれに対しても会話ができない、という訳ではないと思う。何の気なしの会話でも、楽しいと感じることはある。しかし、自信を持って「私は会話が得意」と言える人は、やはりうらやましい。
相手が論理型の人間の場合、感情型の人間の場合、話の口自体の重い人、軽い人。
話、といっても、技能は様々だ。
私は特に、論理型の、というか、合目的的なはなしをするタイプの人との会話が苦手なのではないかと思う。
「それ、何のために言っているの」、とか、「まえ同じことを言っていたのに、それからなぜ前進していないの」、などといわれると、あっというまに窮する。
楽に話せる実力が付いたらいいだろうな。この手の人たちは、常に言葉よりも私自身のありようや成果を問うている。ということは、それが平気という状況は、つまり、私自身の実力がかなりついている状況、ということ。あるいは、実力はついていなくても、それを私が対外的に言い表せている、ということ。
ただ、いきなりはなれない。こういう時は、だから、世間的に、そういうことができる人はどのくらいのパーセンテージなのか、ということを考えると精神的にやられないで済む。大していないはずだ。半数はできていないと思うがどうだろう。
私のようなのが一般で、皆苦労している、ということが明確にできると、ではこれから私が一歩先んじ、早く力を手に入れて、みんなに伝えて、みんなを救おう、と思えるようになる。
職場などでは、まず基礎としてこういう力をつけることが重要ではないか。仕事を外に持たなかった私、この訓練をしないままで、家に閉じこもってこういうひとになった。みな、やっている。
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2013年03月14日

オーバー.マイヘッド

家族の病気に教えられることが多い。そうなってはじめて、何も考えていなかったこそを知る。高次脳機能障害。そこで、大事な人がどう苦しんでいるかわからなくて、本を読む。
筆者クローディアは優秀な医師であったが、自動車事故で仕事も生活もそもそものアイデンティティも奪われてしまう。内側から語られる脳損傷。

家族だから、寄り添っていこいこうとしているから、そう思っていたけれど、そんなに甘いものじゃない。本人の中では。。。。
同時に思うことがあった。私自身の脳にある、癖。。そうすると、これはもっと広範な問題?
posted by nako at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

ジェイムズ・ヒルマンの「魂のコード」をよむ

私が図書館で心理学だのなんだのといったコーナーをあさる時は

たいがい悩んでいることがあって、自分の中がもやもやしている時です。

そういう人は多いのではないかと思います。

子供たちがてんでの方向に飛ぼうとしている時、

果たして親としてはどうすればいいのか。

何が何でも大学は出るようにと、そこは死守すべきところではなかったのか

などなど。

すでに結論の出ていることをいつまでもかかえてぐるぐるしていたりするのですね。

「応援する。君を信じる。」

そう断言したのに。心の底ではいつまでも・・・

ふらふら四柱推命の本を読んだりした後で、この本を見つけました。

著者はユング派の心理学者ジェイムズ・ヒルマン。

これは実に示唆に富んだ本でした。

なにかが、悩んでいる私を見て、出会わせてくれたと思えるような本。


ああ、そう、ナニカが子供たちを呼んだのだ。

いや、それはもううまれたときから彼らの中にあったのだ。

親の理想とか、社会的なあるべき姿とか、そういうとまるで関係のない、

そういうものなんかよりはるかに強い何かが。


訳者は、あの鏡リュウジさんです。ちょっとびっくり。
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2006年11月14日

「絵かきが語る近代美術」菊畑茂久馬・・その2

第5章「黒田清輝と漱石」は、コピーをとりました。

黒田清輝という人は近代美術に大きな影響を与えた・・・ということだけは覚えていたのですが、では、どんな?と思うとわからなくなっていたんですね。

名門のうまれと優秀な頭脳にめぐまれて渡欧、美術に転向し印象派後のヨーロッパにあって、でもアカデミズムを学び取って帰ってくる。

旧派の洋画家をけちらして、日本の洋画の新しい時代の幕開けをよびこむ。

・・・みたいな。

posted by nako at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

「絵かきが語る近代美術」菊畑茂久馬

サブタイトルの「高橋由一からフジタまで」というのを見て息子が一言。

「フジタって、あのマンガの『ギャラリーフェイク』のフジタ?」

がっくりきましたが。

でも、次の瞬間に、細野不二彦さんが世界のフジタ〜洋画家の藤田嗣司〜を主人公の名前にはめ込んだのかもと思いあたりました。(もっと早く気づけよ私)

同時に息子には藤田嗣司のことは教えましたが・・・オマエ美術部じゃなかったっけ?



この菊畑茂久馬さんという画家さんのことは、私は知らなくて、今度作品を探してみようかと思っていますが

この本はすごかった。歴史観、かなりゆさぶられました。

高校の履修問題があれこれいわれていますが、今から何十時間も授業をうけさせる代わりに、こういう美術史の本を一冊読ませて3枚くらいのレポートを書かせたら十分じゃないかと思いました。

生まれては死んでいく人のあり方と、歴史と、それがきっちり今につながっているということと。

美術史なんて、本の中にだけある図版の連続だと、つい思いがち。

そういうつもりでなくても、この本読むまで、固定化されたイメージは私の脳に貼り付いていましたから。

経済学には血が流れていると聞いたことはありましたが・・・美術史にもまた熱い血が、今につながる血が流れているのでした。



また『ギャラリーフェイク』もよもうかな・・。


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2006年10月25日

似顔絵

青息吐息です。

すべき仕事がこんなにあるということを感謝しつつ

でも、本も読みたいよおお。

ということで、本当に久々に図書館にいってきました。

今、ちょっと明治時代のことを調べなければならないので、それ関係の本をあさってから

一冊。見つけました心のオアシス

山藤章二さんの「似顔絵」(岩波新書)

すごいですね〜岩波新書ででているんですね。

常々思っていましたが、この人は本当に天才です。

ひとつの画風じゃないのが、この人の画風。

該博な知識、磨かれた直感、ゆるぎない技術



視点はツボの数だけ持っている。

posted by nako at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

本を読む生活への帰還

やっと、また本を読もうという生活に戻ってきました。


娘がいきなり大学を辞めて上京することに。それに伴うすったもんだで

心の余裕がまるでなくなってしまいました。

ちゃんと本を読みながら自分のコントロールをしていこうと思っていたのに

だめですねえ。

ま、これもありのままの自分、なのですね。

引越の際にたくさんの本を売りました。児童書です。

子供たちが繰り返し読んだもの、結局ほとんどどよまなかったもの

いろいろ。

十数冊は手元においています。

最後にもう一度私が読んでから、と思っています。

そうしたら・・・売るのかな・・。


騒ぎの間に、息子が本を掘り返して読んでいました。

私はやっと、倉橋由美子の「パルタイ」を読み始めたところです。
posted by nako at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

「気がついた時には火のついたベッドに寝ていた」をよむ

ロバート・フルガムのエッセイがすきなのは、この人のものの見方が温かいからです。

自然な人のあり方を、受け入れてくれる目線がいい。

「何をなさっているのですか」という肩書きに関するエッセイでは

肩書きを問うことが、人のあり方を問うていることになるのかという疑問を呈しています。

フルガムの名刺に書かれているのは、ただの「フルガム」だって。

私がしようとしているのは可能な範囲で最高の「フルガム」であることだ。

つまり、一人の息子であり、父親であり、夫であり、友人であり、歌を歌う

人であり、ダンスを踊る人であり・・・・。


なかなか、すてきですね。

「ダンスを踊る」事に関しても書かれています。

「変なおじさんのダンス」。

私はそこに紹介されている事柄に感銘を受けました。

紹介してくれた人としての「フルガム」氏に感謝。

立派なホピ族の一員とは、ゆったりとした心の持ち主で、

あらゆる踊りに参加するものだという。



私は、踊るとは、「正面から向き合う」とか、「自分に取り込む」という

ことだと思っています。
posted by nako at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ロバート・フルガム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

子供にとって本とは

息子は部屋の本を運び出すさいにも

実にクール。

何度も読んで読んでとせがんだ本も、

ねころんではくりかえしページをくっていた本も、

どんどんリビングに積んでいきます。

捨てられないのは、母親の私のほうなんですね。

「え?なんで?」彼はあくまでクールなのです。

東クンペイさんの童話も、世界昔話も、ハリーポッターも・・・


「何でこんなに本買ってたの?お金かかるのにさ」

「・・・(絶句)」

「マア、僕の情操教育にはなったわけ?」

「・・・」

いつか。何十年か先に彼が自分の息子に同じことを言われて絶句するかな。

今、判れとは言わない。



3割の本、合計で720円でした。別の方法を考えようかな。
posted by nako at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 本を整理する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

手放せない

息子が本棚を整理して、昔の本をたくさん運び出しました。

「古い本は、売りに行こう」

そういっていたのですが、いざ目の前で見ると・・・。

結局、売却のためにえらびだしたのは、3割程度。あとの7割は

・・・きっとまたしまいこむだけなのだけれど。

その3割でさえ、もう一回読もうかな、と、また読み始め。

「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」を書いた

ロバート・フルガムの「気がついた時には火のついたベッドに寝ていた」

もう一度読みましたが、やはりいいですね。

結婚式の話ではやっぱりまたわらってしまうし、

「『いいもの』の袋」の話にはまた涙が出てしまう。

本棚に戻す一冊です。


posted by nako at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ロバート・フルガム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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